えっしーの自由帳

ラブライブシリーズを通じて抱えた感情を、文章として書き出したくて、ブログを書いてみることにしました。

平安名すみれの憂鬱

 はじめまして、えっしーです!

 ラブライブシリーズに抱える感情を抑えきれず、どこか自由にたくさん文章を書ける場所で書いてみたいと思い、ブログを書いてみることにしました。
自己満足な部分が大きいですが、せっかく書くからにはよかったら他のラブライブファンの方にも読んでもらえたら嬉しいなと思います。
素人なので文章はまだまだ拙いかと思いますが、温かい目で読んでもらえると助かります。感想や意見などももらえるとすごく喜びます!!

 さて突然ですが、最近僕の中で平安名すみれという女の子の存在が日に日に大きくなっています。ご存じの方も多いかと思いますが、すみれはラブライブ!スーパースター!!シリーズのグループ、Liella!に所属する、高飛車で勝ち気だけど、根は優しくて努力家で何でも器用にこなす女の子です。(もっとすみれの魅力はたくさんありますが)

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 先日行われたLiella2ndライブ横浜公演では、アニメ二期が7月から放送開始という嬉しいお知らせもありました!そこで、二期が始まる前に一度自分の中で、今までのすみれに対する想いを整理出来たらなと思っています。ただ、全部書こうとすると初投稿の記事から終わらなくなりそうなので、一度アニメ4話までに重点を置いて書いてみたいなと思います。もしかしたらすみれファンの方からしたら、「そんなことわざわざ言われなくても分かってるよ!」みたいな内容なのかもしれませんし、「自分とは解釈違いだ!」と思われる方もいるかもしれませんが、その時は温かい目で流してください…笑
(でもどう解釈が違ったの人の話を聞くのは好きなので、意見をもらえるのは嬉しいです。自分に無い視点を教えてもらうことで、すみれへの理解をより深められるなら本望です!)

スカウト待ちをする平安名すみれ

平安名すみれは主役に憧れている女の子です。そんな彼女がアニメでは街角でクレープを食べ歩きながら、鼻にクリームを付けていたシーンは印象的でした。

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かわいいっっっっっ!!!!!!!!!

 …失礼しました、話を戻します。
 スカウト待ちとはショービジネスの世界で主役を目指す女の子らしい行動ですね(?) 街を歩いているところをスカウトされて、主役に大抜擢!! なんとも都会ならではって感じがします。(筆者はド田舎出身なので、都会に偏見があります)

 アニメを視聴していた当時は「さすが都会!」って感じで全く気にしていなかったのですが、最近アニメを見直す中で、このスカウト待ちという行為に少し違和感を感じました。まずはこの僕が感じた違和感について書いていきたいと思います。

「スカウト待ち」と「オーディション」

何度かアニメを見返す内に、「なんですみれはスカウト待ちをしているんだろう」と僕が感じたのは、4話ですみれがかのんに自分の過去を語る際に、「小さい頃からずっと、色んなオーディションを受けてたの」と語っていたのが引っ掛かったからでした。そうです、すみれは小さい頃から高校生に至るまで、ずっとオーディションに応募し続け、主役を目指してきました。そんなすみれがなぜ高校生になってからはスカウト待ちをするようになったのでしょうか。
 そもそもの話ですが、「スカウト待ち」「オーディション」は何が違うのでしょうか。どちらも手段は違っても、主役になるという目指す目標は同じです。もしかしたら、今までオーディションで上手くいかなかったから、別の手段を取ることにしたというだけのことで、僕の考えすぎなのかもしれません。

 しかし、「スカウト待ち」「オーディション」の二つには、スタンスが決定的に違うと僕は感じています。その違いは、「受動的」「能動的」かです。

 これはショービジネスの世界に詳しくない僕の勝手なイメージですが、「オーディション」は応募した人の中から主役が選ばれるので、オーディションにさえ出れば、あとは実力とその時の運次第で「主役」になれる可能性があると思います。対して「スカウト待ち」は、声を掛けられるかどうかの時点で既に受け身で運任せ、更に4話冒頭のように、声を掛けられたからといって、エキストラなどの主役以外の役となる可能性は非常に高いはずです。

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エキストラにスカウトされるすみれ

 すみれは頭もいいし、人一倍努力も出来る女の子です。そんなすみれがなぜ「スカウト待ち」という、「主役」を狙うにあたって確実性の低そうな手段を取るようになったのでしょうか。僕はこの理由は大きく分けて三つだと考えています。これからその理由について考察を書いていきたいと思います。

平安名すみれの過去

 すみれは子役時代にいろんなオーディションを受けるも、努力が報われずに、いつも脇役を演じてきた過去があります。

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子役時代のすみれ

 そんなすみれは第4話で、スクールアイドルに目を付けかのん達の元に行きます。その後、屋上でちぃちゃんを模倣した見事なダンスのステップを披露しました。すみれがなぜそんなにダンスを出来るのか、その理由を聞かれた時の返答がこちらです。

「昔、ショービジネスの世界に…」

また、同じ4話の中で、可可に屋上に呼び出された際に、Tiny Starsのフリコピを披露した後のセリフがこちらです。

「ショービジネスの世界を甘く見ないで。これくらいは出来るの」

 なるほどね、ショービジネスか… 
確かにショービジネスの世界で生きてきたんだったら出来るのかもな…

いや待って、ショービジネスって何!!?

 これがアニメを何度か見直す中で、僕がふと抱いた疑問です。皆さんはこの「ショービジネス」というキーワードで何を思い浮かべますか?

 劇やドラマ、映画などの主役やメインヒロイン?すみれがダンスや歌が出来るということを踏まえると、ミュージカルなども含まれるのでしょうか?

恐らく「ショービジネス」というのは、すみれが主役を目指して行ってきた、多岐に渡る活動の総称なのでしょう。
では仮に、そんな「ショービジネス」の世界で生きてきたからと言って、ダンスが出来るようになるものなのでしょうか?

 ラブライブシリーズを見ていると、みんなのあまりの上達の早さに忘れがちになりますが、ラブライブシリーズに最初から無条件にダンスが上手い子は存在しません
仮に元から運動神経が良かったとしても、陸上、バレエ、高飛び込み、日本舞踊etc...
何かしらの経験がダンスに活かされていることがほとんどです。

つまり、すみれもショービジネスの世界でたくさん努力をしてきたからこそ、レベルの高いダンスが最初から出来るのです。そしてその努力というのは、結果が伴わなくとも、いつか「主役になる」という夢を叶えるために、子供の頃からずっとひたむきに続けてきた努力です。

 こう考えると、すみれがダンス以外も何でも器用に出来るのも、小さい頃からの努力の積み重ねの成果だと考えられます。また、すみれは人前では勝ち気な態度をとっていますが、人目に付かないところで人一倍努力するタイプだと思われます。

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10話 センターを任され、一人トレーニングをするすみれ

 自分の夢のために、ひたむきに努力を続けてきたすみれ。子役の頃からショービジネスの世界にいたことを考えると、その期間はおよそ10年ほどでしょうか。10年近く何か一つの目標のために努力し続けるというのは、並大抵のことではありません。

 また、子役時代の回想では脇役を演じるシーンが複数登場しますが、恐らく中学時代と思われるのは次のシーンのみです。

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スポットライトが当たらなかったすみれ

 何気ない過去の1シーンかもしれないですが、もしかすると、すみれの中学時代は、脇役として舞台に立つことすら無かった不遇の時代だったのではないでしょうか。

次の画像はすみれの公式プロフィールから引用したものです。

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すみれのプロフィールより引用

 すみれはプロフィール上では、一時期はショウビズ活動をセーブしていたと書いていますが、中学時代にもオーディションを受けています。(そもそもあのすみれが受験勉強のためだとしても、ショウビズ活動を完全にやめる姿は想像できない)

 恐らくこのプロフィールは、実績が無い中学時代を誤魔化すための、ショービジネス的な設定なのではないでしょうか。なぜなら仮にどんな脇役だとしても、ステージに立った実績が一つでもあると、すみれが自分で書いたプロフィールと矛盾してしまうからです。

 そう考えるとすみれの人生は終わりの見えない苦難の連続だったことが想像出来ます。主役に憧れ、努力して勝ち取った役がいつもどうでもいい脇役。それでもなおひたむきに努力を続けるも、中学時代にはそのどうでもいい脇役ですら役をもらえなくなる。当時まだ小さかった女の子が、夢を叶えるために自分に出来る努力は全てやってきて、それでもなお10年間一度も主役になれないどころか状況は悪化するばかり。その心情は、少なくとも僕にとっては想像を絶するものです。

 ここで最初の話、なぜすみれは高校生になってスカウト待ちをしていたかということですが、その一つ目の理由は有り体に言えば、「心が弱っていた」からなのではないでしょうか。

 つまり、オーディションを受けて選ばれないという繰り返しの日々に疲れ、もしかしたら本人も無意識のうちに、挑戦することが怖くなっていたのではないかと思います。(僕が仮にすみれの立場なら、とっくに100回は心が折れて諦めています…)

「スカウト待ち」であれば、少なくとも「オーディション」のように、自分が落とされることで、まるで自分が否定されているかのような気持ちを味わうことはありません。誰かと競って負ける、自分が選ばれないというのは、とても辛いものです。それこそ、自分が人生を懸けて努力してきたことならなおさらですね。

すみれが一番欲しかったもの

 突然ですが、すみれが一番欲しかったものは何なのでしょう。もちろん「主役」はすみれの夢であり、ずっと欲しかったものでしょう。

加えて、高校生のすみれは恐らくそれらを手に入れるためには、「オーラ」「花」のようなものが、自分には足りないと感じていたのだと考えられます。

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「オーラ」や「花」が足りないという指摘に深く傷つくすみれ

「オーラ」や「花」ってどうやれば手に入るものなんでしょうね?

 すみれは努力で手に入ることなら、どんなことにも取り組んできています。それでもなお主役に選ばれることは無く、その要因が恐らく努力では手に入らない、先天性の「オーラ」「花」。別の表現をするなら、「カリスマ性」「スター性」のようなもの。

 4話ですみれは「そういう星の元に生まれているの」と語っていますが、このセリフからもすみれは自分には「スター性」のようなものが無いのだと感じていることが伺えます。

 では自分の「スター性」を確かめる方法とはなんなのでしょうか。
僕はすみれが自問自答し、出した答えこそが「スカウト待ち」だったのではないかと考えます。「スカウト待ち」をし、スカウトマンに自分の「スター性」を見つけ出してもらう。それは当時のすみれを肯定する手段だったと思います。

 しかし現実は甘くなく、スカウトされないという日々は、すみれにとってはまるで自分の「スター性」を否定されるているかのような感覚を募らせていったのではないでしょうか。

 更にその後、アマチュアと軽く見ていたスクールアイドルで、かのんと可可と三人の中でセンターを決めようとするも、自分には1票も入らなかった事実はすみれの心を再び深く抉ったはずです。

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"真ん中で輝く星"にはなれないと語るすみれ
それでもまだ街角でスカウト待ちを続けるすみれすごすぎるでしょ‼心から尊敬するよ…(泣)(泣)(泣)

 ……また、話は変わりますが、すみれと可可のノンフィクション衣装が目印のLoveLiveDays Vol.21では、第10話で恐らくノンフィクション披露中の、すみれの心情が書かれています。その中の一文がこちらです。

ねえ、可可 初めてだったのよ
「真ん中にふさわしい」なんて言葉をもらったのは‥‥

筆者、未だにこの時のすみれの心情をふと思い出して、たまに泣いてます…

 それはさておき、すみれが「スター性」以外に欲しかったものには、上のセリフから想像するに、「自分を認めてくれる人」もあったのでしょう。

 もちろん今までだってLiellaのメンバーはすみれのことを認めていたはずですが、それを言葉にして最初に伝えたのがあの可可だったのがもう本当に最高ですね…

 とにかく、この可可のように、「自分を認めてくれる人」というのも、きっとすみれがずっと欲しかったものなんでしょうね…

もうマジですみれは、これからどんなに報われても足りないぐらい幸せになってほしい…(泣)

すみれの"輝き"

 話をまとめると、すみれがスカウト待ちをしていた理由は、大きく分けて「心が弱っていたから」「スター性が欲しかったから」「自分を認めてくれる人が欲しかったから」の三つだったのだと思います。
そしてこれらは、平安名すみれという女の子を救うための最重要な鍵であり、「スカウト待ち」という受動的なスタンスは、すみれが無意識の内に自分の扉に閉じこもった姿だったのでしょう。

 しかしその扉は、かのんと可可によって開け放たれます

 第4話ではかのんがすみれをスカウトするという形で、すみれの勝ち気な性格を刺激し、弱っていた心に再び火を焚きつけます

 第10話では、誰よりもすみれへの評価が厳しかった可可が、すみれの努力と実力を認め誰よりも強くすみれの背中を押す存在へと変わります

 そして最後は、すみれ自身が今まで積み重ねてきた努力の成果を十二分に発揮することで「ノンフィクション」センターを見事務め、大量のスポットライトが光るステージの真ん中で「主役」として誰よりも輝くのでした。

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ステージの真ん中で"輝き"を見せるすみれ


 今思えば、すみれはずっと「スター性」が欲しかったのかもしれませんが、本当に必要だったものは、「自信」と、それに繋がる「実績」だったのかもしれません。仮に「スター性」が無かったとしても、すみれは誰にも負けない力を持った、素晴らしい女の子です。

 個人的な意見ですが、僕は「自信」に満ち溢れている時のすみれが一番輝いていると思います。そして、「自信」というのは何もないところからは生まれてきません。人は本当の「自信」を持つためには、それに見合う「実績」が必要です。それを「ノンフィクション」を通して「リアル」に手に入れたすみれ。彼女はこれからどんな「輝き」を見せてくれるのでしょうか。二期での更なる活躍に期待です!!









 ここからは具体的な根拠はほとんど無いけど「こうだったらいいな」という話です。
それは、「すみれは結局『スター性』を手に入れることは出来たのか」という問題です。
僕個人の好みで言えば、「スター性」が無くとも、積み重ねてきた努力で手にした実力で、誰よりも輝く主役になるというシチュエーションは大好きなのですが、やはり今までずっと苦しんできたすみれだからこそ、欲しかったものは全て手に入れて、全ての願いを叶えてもらいたいなとも思います。

 しかし、「スター性」という可視化出来ないものの有無を語るのはとても難しいです。「ノンフィクション」のセンターを務めるすみれは、僕の目には間違いなくスターのように映りましたが、それも結局僕の主観でしかありません。
すみれの「スター性」を裏付ける根拠がほしい。そこに主観では無く、誰が見ても納得出来る説得力が欲しい。どこかに無いだろうか。そう考えた時に思い出したのが、3話で可可がかのんに語ったこのセリフです。

「かのんさんの歌を初めて聞いた時、それと同じぐらいワクワクしたんです。だからもう、かのんさんは私にとっての『スター』なんです。『夢』なんです!」

 そして10話で可可はすみれにこう語ります。

「可可は同情なんかで衣装を作ったりはしません!!」

「練習を見て、その歌声を聞いて、Liellaのセンターにふさわしいと思ったからです。それだけの力があなたにはあると思ったからです!」

 可可はかのんのことを「スター」だと感じています。そのかのんがいるLiellaにおいて、すみれがセンターに立つのがふさわしいと認めたこと、その力があると感じたことは、可可が、かのんに負けないぐらい、すみれからも「スター性」を感じたからなのではないでしょうか。
もちろんこの時点ではまだ、学校の子達からはすみれのセンターに対して不安の声があがっており、誰の目にも明らかなほどのオーラはすみれに無かったのかもしれません。
 しかし、世界の誰もがまだ気づいていない、すみれの中に眠る「スター性」を、可可が最初に見つけたのだと考えたら、それはすみれの「スター性」の存在を証明する根拠になりうるのかもしれません。

はぁ……

くうすみ尊い